まるで不死鳥のごとく

2ヶ月もブログをサボってしまった。Facebookの方が簡単なのでついついFacebookばかりやっていたからだ。
ところで、寝たきり状態の母はこのところ調子が変化しやすく、家族を心配させたり喜ばせたりしている。
一昨日の金曜日(28日)は一日中眠りっぱなしで、体を揺すっても起きない、薬も飲ませられないし食事もしない。血中酸素濃度も60%台にまで落ちたりして、顔色は悪いしむくんでいるし最悪の状態だった。訪問看護師も心配して医師に相談してくれたりしたが、状態は変わらなかった。お昼すぎにかかりつけの医師が来てくださって利尿剤の注射をしてくれたので、午後は少し尿量も増えたが、相変わらず無反応で、いよいよ最期が近づいたかと思った。ケアマネージャーの方は、東京に住む私の息子や柏に住む私の妹を呼んだほうが良いという。とにかくあまり時間はないという感じだったので、私の息子、兄、弟、妹に電話をしたら夜にはみんな集まった。

ところが夜近くなって、私が「真也(弟)が来ているよ」と耳元で大声を出したら聞こえたらしく、急に様子が変わってきた。水を飲みたいというので、水を飲ませたら、アイスクリームがほしいという。冷蔵庫を見たら母の好きなバニラは無かったので、息子が急いで買いに行った。するとそのアイスクリームを1つぺろりと平らげ、少し元気になってきた。

そして、翌日、朝起きてみると顔のむくみも取れて唇の色も元に戻っていた。声をかけたら返事をするので、血圧を測ると150以上あって、これは血圧を下げねばと思い、訪問看護ステーションに電話をして投薬の指示をうけた。母は大動脈解離を患っているので、血圧を上げてはいけないのだ。錠剤を砕いて飲ませたら、しばらくして血圧は正常に戻った。
食事も取れるようになって、前日の母とはまるで別人のように元気になった。ケアマネージャーさんが来てくれて、「お婆ちゃんは医学を超えているから」と笑っていた。とりあえず母は復活した。

 だいたい92歳で大動脈解離を患い生きていることが不思議なくらいなのだそうだ。大動脈解離と診断された時は5分後に死んでもおかしくないと言われたのに、それからもう1年と10ヶ月になる。医学会に発表したいくらいだと先生も驚いているのだ。その母が死にそうな状態からまた復活した。まるで不死鳥のごとく。

プロフィール

まり子

Author:まり子
茨城県取手市在住。
所属団体、
 「放射能NO!ネットワーク取手」
 「市民オンブズマンいばらき」
 「放射能からいのちと守る茨城ネット」
 「取手駅西口の住民訴訟をすすめる会」
 「谷中子ども文庫」

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