トマトとナスとホタルブクロ

連休のあとに植えた野菜の様子です。野菜の畑には草がびっしりと生えてしまいました。この草はとってもとってもすぐに生えてくるので、今日は野菜の苗のまわりだけ草をとりました。

ナスにもトマトにも花が咲きはじめました。トマトは芽かきをして、茎を支柱にしばりました。
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畑の作業を終えて家に戻る途中、庭の隅でホタルブクロの花を見つけました。この花は友人がだいぶ前に県北のご実家から持ってきてくれたものです。誰も見ない庭の隅にひっそりと咲いていました。

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孫・孫・孫の一日

土曜日、高校生の時に我が家にホームステイしていたアメリカ人の息子が奥さんと娘(アンちゃん)をつれてやってきました。3人で我が家を訪れるのはこれで2度目。彼は現在研究員として東洋大学の大学院に在籍しています。奥さんは台湾生まれの人で、仲睦まじい夫婦です。愛らしい孫の来訪に私たちはデレデレ・・・。

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上の写真はアンちゃんと90歳間近のおばあちゃん。我が家のおばあちゃんには血縁のひ孫がいないので、アンちゃんは大事な大事なひ孫。おばあちゃんと仲良しで、マトリョーシカを手におばあちゃんの所へ持って行っては可愛い声で「か~い」と言います。「か~い」とは台湾の言葉で「あけて」という意味だそうです。「開」のことなのです。

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アンちゃんは1歳9ヶ月で、少しずつ言葉を覚えつつありますが、複雑な言語環境なので、覚えるのも大変です。両親の会話は英語・お母さんの台湾の実家では台湾語・そして今は日本にいるのでテレビも日本語、図書館で借りる絵本も日本語。

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おやつを食べているところです。この目が私たちをじっと見つめるので、じいばあはメロメロです。


アンちゃんの両親は日本が大層気に入っているようです。奥さんはNHKのテレビで見たといって、きんぴらごぼうを作って来てくれました。それを輪っぱのお弁当箱に入れてくるのです。パパは梅干しと米ぬかを持って帰りました。米ぬかで糠味噌を漬けているそうです。高校生の頃は食べなかった糠味噌を今は自分で漬けているというちょっと風変わりなアメリカ人です。

市議会改革度ランキング全国第7位

 21日発売の『日経グローカル』の市議会改革度ランキングによると、取手市議会は全国第7位にランクされたそうです。昨年度は39位だったので、大分ランクが上がりました。これは昨年12月に成立した議会基本条例によるものだと思います。全国810市・区の中で第7位というのはとても素晴らしいことです。一般質問の一問一答制の導入や、委員会での傍聴者の発言、討論の3回登壇制などが高い評価を受けたのだと思います。

 ところが、最近取手市議会について残念な噂を耳にしました。制定したばかりの議会基本条例を改めようという動きがあるというのです。しかも改悪です。執行部をしっかり監視するために欠かすことのできない一問一答制だけでなく、今までのような3回登壇制も選択できるようにしようということのようです。3回登壇の一括質問では、議論が噛みあいにくく、するどいツッコミが入れにくいのです。ポイントを絞って質問できる一問一答制を是非守って欲しいと思います。良い議会基本条例ができたのですから、議会を条例にあわせて改革していって頂きたいものです。

上位20位までの自治体

旧とうきゅうビル見学会

 今日はふくろう塾のメンバーと芸大生のグループで旧とうきゅうビルの見学をしました。結城議員の案内です。飯島議員と池田議員も参加しました。

 この旧とうきゅうビルは取手市が100億円かけて建設した再開発ビルです。そのビルの約半分を東急ストアが購入したと聞きました。「とうきゅう」が撤退してまもなく2年になろうとしていますが、未だ再開の見通しがたっていません。様々なテナントを探しているそうですが、8階建てという大きさがテナントの導入に困難をもたらしているようです。市の施設を導入することも打診したようですが、それもうまくいっていません。これだけの建物が駅前で空きビルになっているのは非常に残念です。

 今日実際に見学させて貰って、皆口々に勿体無いと言っていました。まだまだしっかりした建物で、これを有効利用出来無いのは本当に勿体無いと思います。

 私たちは商品の搬入口からビルに入り、商品運搬用のエレベーターで屋上に上がりました。
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屋上に上がると懐かしい風景が目に入って来ました。ここは昔子どもを連れてきてよく遊ばせたところです。この場所に小さな遊園地のようなものがありました。また、この階には芸術品などの展示スペースもあって、取手地区二科展などが開かれていたことを思い出しました。

 下の階に行くとレストランの跡が残っていました。
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レストランの窓から利根川がよく見えます。ここから花火大会を見るのは人気があったそうです。

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ガランとした空間は寂しく見えます。奥の縦縞の壁の向こうに巾3㍍ぐらいの空間があって、大きな窓が並んでいました。このビルを正面から見ると一面ガラスになっていますが、それがこの窓なのです。この縦縞の間仕切りを取り去れば、明るい空間になります。

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上の写真はビルのバックヤードに隠れている非常階段です。普通は外に付いているのですが、このビルは景観を重視して中に非常階段があります。そしてこれと同じような非常階段がすぐ隣にもう一つありました。外からは見えないところにかなりの面積を割いているということが分かりました。贅沢な作りだと思います。

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2階だったか3階だったか忘れましたが、エスカレーターの点検をしていました。一段ずつ外して内部を調べているようでした。ビルは空いていても、こうしてエレベーターやエスカレーターの点検、空調の点検などにかなりの費用がかかっているのだと思います。

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これは1階の正面入口を内側から見たところで、青果売場へ通じる部分です。誰も使わなくなった扉が虚しく感じられました。

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地下には大きな受水槽がありました。160㎥の容量がある飲料水のタンクです。県南水道と地下水が使われているとのことでした。これだけの水があれば、非常時には大いに役立つと思われます。3.11の震災の時、取手駅前には帰宅困難者が溢れましたが、取手一高だけでなく、ここを借りて避難所にすれば、飲料水の心配がいらなかったと思いました。

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これは地下水を組み上げてろ過する装置です。

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防火用のシステムも地下に備わっていることが分かりました。


こうして約1時間かけて全体を見せて頂きましたが、とにかくこれだけの建物を空けておくのは本当に勿体無いと思いました。地権者だけに任せるのでなく、市ももっと積極的に協力して駅前の活性化のために、このビルの再開に力を注いで欲しいと思いました。










金環食とおばあちゃん大明神

 世紀の金環食が見られるか見られないか、昨日からテレビでも大騒ぎでした。このあたりで綺麗な金環食が見られるのは平安時代以来だとか。テレビで放映するのは分かっていても、やはりこの目で見てみたい、そんな思いで、私が唯一信仰している「おばあちゃん大明神」に昨夜お願いをしました。

 おばあちゃん大明神というのは、勿論私のおばあちゃんのこと。私のおばあちゃんは私のことが殊の外可愛かったらしく、私がお願いをするとお天気を良くしてくれるのです。これに初めて気づいたのは大学生の時でした。友人たちと海に行く約束をした前日、天気予報は「明日から大雨」というものでした。一泊で宿も予約してあったので、どうしても行かなければならず、私は仏様に向かって手を合わせました。「おばあちゃん、どうかあした天気にして下さい。」普段は何もお供えもしないのに、図々しくもお願いをしたのです。するとどうでしょう、翌日から予報に反して快晴になったのです。これがおばあちゃん大明神のはじまりです。それからも、ここぞという時に何度かお願いをしましたが、そのたびに雨が降ることはなく、私は大助かりをしてきました。

 そこで今回も大明神の登場となったのです。そうしたらやっぱりご利益がありました。雲の間から綺麗な金環食が見られたのです。雲はかなり厚くなっていたのですが、ところどころに隙間がありました。そしてその隙間から丁度金環食のその時に太陽が顔を出してくれたのです。やっぱり大明神は健在でした。

谷中熊野神社落成式

 今日は私が住む谷中の鎮守様、熊野神社の落成式です。東日本大震災で被災し、柱が折れてしまった神社を建て直しました。私の夫が神社総代として1年以上取り組んできたので、私も新装なった神社を見てきました。
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今回落成した建物は神社の本体を保護するさや堂のような建物です。


今回の改築を機に本体の修理もしました。地区のメンバーの中にお神輿をいくつも作っている器用な方がおられて、その方が神社本体の破損した部分を丁寧に修理してくれたのです。
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落成式の記念写真です。
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記念写真をとってから神主さんにご祈祷をして頂きました。
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震災で壊れた建物は大正時代の建物だったようです。今回落成した建物はかなり頑丈に作っていただいたので、今後100年以上はもつだろうと言われています。


こもれび会

 こもれび会というのは、私の大学時代のサークルの同窓会です。私が属していたサークルは児童文学研究会文化サークルというところで、那須や秩父の開拓地などで子ども会を開いていました。人形劇や影絵劇をもって行き、子どもたちに見せたあといっしょに遊ぶのです。大きなリュックに荷物をいっぱい詰めて通いました。

 昨日の集まりは十数人でしたが、おしゃべりが賑やかでした。私たちの3年ぐらい上の人から5.6年下の人までいましたが、話の内容は、大震災のこと、放射能のこと、老親の介護のこと、そして自分の趣味のことなどです。東北の瓦礫を全国で受け入れるべきという人がいて、なぜマリちゃんは反対するのかと質問をうけました。一所懸命説明しましたが、納得していただけたかどうかわかりません。

 参加した人のほとんどが親の介護に関わっています。私たちの親の世代は長生きだとつくづく思いました。参加者の親たちが98歳とか99歳とか、本当に長生きの人が多いのです。私の親は89歳なので、まだまだ若いほうなんだと思いました。親を見送ったばかりの方のお話は、体験に裏付けられて大変さが伝わって来ました。子どもたちに世話にならずに老後を過ごしたいと思いますが、こればかりはどうなることか・・・・。

 多彩な趣味の話しも面白かったです。俳句のサークルに入っている人の吟行の話、卓球に熱を入れている人の話、ハンドベルに打ち込んでいる人の話・・・。

 先輩の一人が今豪華客船で世界一周のクルーズに参加しているのだそうです。みんなで羨ましいねといいながら、でもプールはここでもできるし、映画もみられる、音楽だって聞きにいけるよと負け惜しみもまた賑やかです。

 お喋りに花を咲かせているうちに沢山のごちそうがお腹に収まりました。3時間という時間が短く感じられるひとときでした。

放射能に関する連絡会

 昨日藤代公民館に県南のいくつかの団体が集まって、放射能問題について話し合いをしました。今後継続的に開いていく考えです。各団体とも独自の活動をしていますが、まとまって活動することによって大きな力になりますので、さらに呼びかけて参加団体を増やしていきたいと思っています。

 さしあたって子どもの健康調査などについて県に要望しようということになりました。詳しくは>放射能NO!ネットワーク取手のブログをご覧ください。

山本太郎さんとの対話集会

 一昨日(5月15日)グリーンスポーツセンターの柔道室で山本太郎さんとの対話集会が開かれました。参加者は100名を少し超えたくらいでしょうか。若いお母さんが多いのがいままでの放射能関係の集まりと異なるところです。スタッフの皆さんも若い方が多く、取手の未来について明るさを感じることができました。
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 山本さんはお一人で電車で取手に来られました。赤い半袖のTシャツというラフなスタイルで、気さくに参加者と語り合いました。私も食事をいっしょにさせていただいて、間近でお話をしましたが、とても好感のもてる青年だと思いました。
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 山本さんが反原発運動に関わった最大の原因は「生き延びたい」という強い思いだったそうです。福島の事故を知って、それまで生きることは当たり前だったけれど、放射能で死にたくない、何としても生きたいと思ったのだそうです。その強い思いが彼を突き動かしたのです。ただ、芸能界というところはスポンサーの意思に逆らえないところなので、運動に飛び込むには躊躇もあったと言っていました。何日か眠れないくらい思い悩んだとのことです。



 そうしている時、子どもたちが生活する空間の放射線量を「20mSvまで大丈夫」と政府が発表したのを聞いて、これを認めることは子どもたちを放射能で苦しめる共犯者になってしまうという思いが突き上げ、反原発運動に飛び込んだとのことでした。誠実な青年の姿がそこにありました。

 彼は
  ・ひとりひとりしっかり情報を集めて考えること
  ・取手に住み続ける場合放射線から受けるリスクを最小限にするため
    しっかり考えて行動すること
  ・自分の言葉で発言すること
  ・政治を動かすために、できるだけ多くの人とつながり、行動すること
などの大切さを話されました。自分の仕事を失いながらも反原発活動のために日本中を飛び回っている山本さんにみんな声援の拍手をおくりました。
 

市民オンブズマンいばらき第16回総会

 市民オンブズマンいばらきの第16回総会が土浦の県南生涯学習センターで開かれました。2011年度の活動報告と決算、2012年度の活動方針と予算など、提出された議案はすべて原案どおり可決されました。参加者が多くなかったので、コの字型に机を並べて会議を進めました。いろいろな意見が出されたので、出された意見について幹事会で検討することになりました。
 議事の終了後、会員からの報告として、県内各自治体の首長及び議長交際費についての調査報告、境工事事務所・境土地改良事務所の談合問題について住民監査請求をしたのでその報告などがありました。

太郎さんと話しませんか?

 今月15日(火)脱原発活動を積極的に進めている俳優の山本太郎さんが取手に来ます。取手市の皆さんとの対話集会のために来てくれますので、どうぞ積極的に参加して、太郎さんと話し合ってみてください。会場に余裕があれば、当日参加も可能ですが、出来れば事前にメールか電話でお申し込みください。

 日 時  5月15日(火) 12時半~
 場 所  グリーンスポーツセンター柔道室  取手市野々井1,299 0297-78-9090
 参加費  カンパ制 (山本太郎さんの活動費として)
 申込み  メール ring.with.a.ring@gmail.com
       FAX 0297-85-2542

※ 会場の広さに限りがありますので、混雑は予めご了承ください。
   柔道室のため、椅子はありません。
   スリッパ等の履物、靴入れは各自ご持参下さい。
   駐車場は建物正面中央以外をご利用ください。
   託児応相談。事前にお気軽にご相談下さい。

貝原浩「風しもの村」-チェルノブイリ・スケッチ-を見てきました

 「アートギャラリーきらり」で開かれている「風しもの村」原画展を見てきました。以前見た「貝原浩画文集 風しもの村」が印象に残っていましたので、原画展も楽しみでした。実物はかなり大きくてチェルノブイリ原発事故のあとの村人たちが迫ってきます。
 風しもの村とはウクライナのチェルノブイリ原発事故で風下になったベラルーシのチェチェルスクを中心とした村々です。そこに住む人々を克明に描いています。廃村となった村に戻ってきた老人たち・・・。故郷を捨てられない彼らに、今の福島の人達が重なって見えました。

PPSの入札

 今日取手市でPPSの入札が行われました。入札の対象となった施設は市役所本庁舎、藤代町庁舎、グリーンスポーツセンター、藤代スポーツセンター、市民会館、ふじしろ図書館、藤代公民館の7施設です。ふじしろ図書館が不調になったほかは入札が成立し、7月1日から新しい契約による電気の購入がはじまります。削減額は市役所本庁舎が1,926,462円で最も大きくなりました。全体では約457万円です。
 昨年度ぐらいにはPPSの電気料金が今よりも安かったようですが、原発事故以後需要が増えて価格が上昇したようです。期待したほどの削減額にはならなかったかもしれませんが、それでも450万円以上の削減になったのです。
 PPSからの電力購入は、原発由来の電気を減らすという意味では大きな意味があると思います。今後もPPSからの電力購入を進めていく方針のようですので、期待しています。
 PPSからの電力購入は私の最後の一般質問で求めたことですので、実現できたことを嬉しく思っています。

畑作業

 今日はこの前耕した畑に野菜の苗を植えました。苗は昨日買って来て日陰に置いておいたものです。
午前中はトマトを植えるところに雨よけを作ったり、キュウリの棚を作ったりしました。トマトの雨よけは、市販のセットを買って来てつくりましたが、ちょっと貧弱な感じです。これで強い風に倒れないのか、屋根は一夏もつのかと少し心配です。今までトマトの雨よけを使ったことはないのですが、雨によって病気になると聞いていたので、今年は雨にあたらないようにしてみたのです。うまくいくといいけれど・・・・。

 トマト16本、うち6本は接木苗です。今まで接木苗を使ったことはないのですが、病気に強いと書いてあったので試しに一部作って見ることにしました。キュウリ12本、ナス10本とバジル1本、唐辛子(鷹の爪)2本、パセリ1本植えました。

雨よけの下のトマト
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トマトの拡大
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キュウリの棚
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ナス
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唐辛子とパセリ
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さあ、どんな出来になるでしょうか。楽しみです。


竜巻

 今日の昼過ぎにつくば市で起こった竜巻は本当にこれが日本のできごとかと思うほどの激しいものでした。ニュースで見てあまりの酷さにびっくりしました。家が土台だけ残して飛ばされてしまうなど、今まで聞いたことがありません。数百軒の家が被害をうけたようです。けが人も40人を超え、中学生が一人亡くなってしまいました。若い命です、本当に惜しいことをしました。自然の災害とはいえ残念でなりません。
 亡くなられた方をはじめ、被害を受けられた方々に対し、心からお悔やみとお見舞を申し上げます。

 この頃の日本の自然災害は、昔では考えられなかったようなことが起こるように思います。今日のような竜巻、滝のように降り注ぐ豪雨、それに3.11の大地震・・・。何か地球が変わりつつあるのでしょうか?東海・東南海・南海の3つの地震が同時に起きるシミュレーションなども行われていますが、これ以上の酷い災害が起きないことを祈るばかりです。

歓迎!全原発停止

 こどもの日の5日、54基あった日本の原発がすべて止まりました。42年ぶりのことです。今、私たちは原発に頼らない電気で生活しているのです。何と素晴らしいことでしょう。チェルノブイリ原発事故以来脱原発を望んできた者としては嬉しい限りです。このまま再稼働を認めなければ、子どもたちに安全で安心な日本を手渡すことができます。

 大飯原発の再稼働問題に対して関電の経営陣は、「電気が足りないから再稼働するのではない」とはっきりと発言しています。その場面を私もテレビで見ました。電気が足りないからでないとしたら何故?と思いますが、関電が安定した経営を続けるためには原発がどうしても必要なのだそうです。原発を廃炉にしてしまうと、原発が関電の資産として認められなくなり、関電の資本力が極端に低くなってしまって債務超過に陥るという解説を、元経産省の官僚だった人がしていました。関電の人にとっては会社の存続は非常に大事でしょうが、国民の安全を考えたら再稼働は認められません。

 核兵器廃絶の為に活動しているNGOの世界的なネットワーク「アボリジョン2000」の年次総会の参加者一同が、日本の全原発停止を歓迎するメッセージを発表しました。世界も歓迎している全原発停止をこのまま続け、原発のない日本になるよう望んでいます。その為に私にできることは本当に小さいことですが、こうしてブログで発信したり、電力会社に意見を届けたり、自分にできることをしていきたいと思っています。

 原子力資料情報室の声明も是非ご一読を。

みんな関心を持とう ―放射性廃棄物スソ切り問題―

 放射性廃棄物のスソ切り処分という問題があることを私は知りませんでした。あまり報道されていませんが、これは重要な問題です。多くの国民が関心をもって反対することによって、スソ切り処分をやめさせなければならないと思います。

 スソ切り処分とは、放射能が一定レベル以下の放射性廃棄物を規制の対象から外すことで、正式にはクリアランス制度と言います。一般にクリアランスというと季節外れになった衣服などのセールを思い起こしたりしますが、原子力関係で使われるときは、放射性廃棄物の規制を外し、一般廃棄物として処理することを意味します。

 以前は放射線管理区域内で発生した廃棄物はすべて放射性廃棄物として扱われてきましたが、管理にかかる費用を削減するために、大部分を規制の対象からはずしてしまったのです。「放射性廃棄物スソ切り問題連絡会」のHomePageによると、スソ切りの導入によって、原発廃材の金属をフライパン、デスク、飲料缶などの日用品にリサイクルすることが可能となるのだそうです。解体コンクリートも路盤材などとして再利用することが可能性となるとのことです。これで本当に大丈夫なのでしょうか?

 東電のHomePageでは、クリアランス制度について以下のように説明しています。
 なお、沸騰水型原子炉110万キロワット級の原子力プラント1基を解体すると、約54万トンのコンクリートや金属等の廃棄物が発生すると試算されていますが、その大部分は、放射性物質に汚染されていないもの(約93%:約49.5万トン)か、放射能のレベルがきわめて低く人の健康への影響が無視できるもの(約5%:約2.8万トン)ものです。これらを「放射性物質として扱うべきもの(約2%:約1.3万トン)」から安全に区分して、リサイクルできるものはリサイクルし、循環的な利用が行われないものは適切に処分していくことは、環境負荷の低減および資源の有効利用にもつながり、循環型社会形成を目指す上で大切なことといえます。


 循環型社会の為にという理屈をもってきて正当化していますが、放射能は微量でも影響があるという立場をとれば、クリアランス制度には大きな問題があると言えます。私たちはこの問題についてもっと勉強し、関心を持たなければならないと思います。

 先の「放射性廃棄物スソ切り問題連絡会」のHomePageには「広範囲に及ぶであろうスソ切りの影響は、追跡調査することも困難で、そのため被害を立証することもほぼ不可能でしょう。もちろん、一度出てしまったものを回収し管理し直すことなど絶対にできません。つまり、開けてしまってからでは元に戻せない『パンドラの箱』なのです。」と書かれています。

 このスソ切り問題は既に2005年12月1日に「原子炉等規制法」が改悪され施行されていますが、私たちには知らされて来なかったのだと思います。福島原発事故があったので、莫大な量の放射性廃棄物が出来てしまったため、スソ切り問題は現実の問題として重要になってきています。

 

廣河隆一氏らが沖縄の久米島に被災児の保養施設を設立

 沖縄の久米島町に廣河隆一氏らが保養所を設立しました。福島第一原発の事故で被災した子どもたちを1ヶ月に100人程度滞在させようという計画です。施設の名称は「沖縄・希望21(仮称)」。

 廣河隆一氏はチェルノブイリ原発事故の折にも「チェルノブイリ子ども基金」を設立して子どもたちの支援をしましたが、今回も福島の子どもたちを救おうと立ち上がったのです。廣河氏は記者会見の資料の中で「あらゆることに先んじて、今は子どもを助けることが必要です。たとえ1か月弱でも美しい空気と光に包まれて、安全な食べ物を食べ、思い切り毎日を楽しんで、ストレスから解放され、免疫力を高める生活が、子どもたちに一番必要とされることなのです。そして注意深く子どもを健康管理し、早期に対策を講じることも必要です。」と述べておられます。

 子どもたちが放射線の強い被災地を離れて良い空気と食物のとれる土地に避難し、保養することは非常に効果的だということがチェルノブイリの経験からわかっています。私も『チェルノブイリの子どもを救おう会』の保養プログラムを少しだけ手伝った経験がありますので、保養の重要性はよく理解しています。

 これから福島県教育委員会と話し合いをして詳細を詰めていくとのことです。プロジェクトの成功を祈っています。

 このプロジェクトには茨城県出身のアーティスト石井竜也さんも加わっています。彼はファンから集めた寄付金の一部、2千万円をこのプロジェクトのために提供しました。

3月26日現在、下記の方々が賛同者に名前を連ねています。
宮崎駿 山田洋次 加藤登紀子 吉永小百合 下重暁子 水越武 池田香代子 熊切圭介 川島進 落合 恵子 ナターシャ・グジー 浅尾省五 斎藤美奈子 矢ヶ崎克馬 与那嶺路代 見城美枝子 千葉麗子 新谷のり子 鴻上尚史 ピーター・バラカン 中村征夫 大石芳野 田中優 青柳拓次 民 UA おしどりマコ&ケン 西谷修 向井雪子 黒部信一 鈴木薫 石原エミ 竹野内真理 上地昇 OKI 根元きこ 木村肇二郎 綿本彰 織田好孝(敬称略)

 「沖縄・希望21」では募金を求めていますので、ご協力いただける方はどうぞよろしくお願い致します。

【口座記号番号】
00180-5-763888
【口座名称】
DAYS被災児童支援募金
【代表】
廣河隆一

他行等からの振り込みの際は以下までお願い致します。
【銀行名】
ゆうちょ銀行
【店名(店番)】
〇一九(ゼロイチキュウ)店(019)
【預金種目】
当座
【口座番号】
0763888
※ 募金の一部は経費に用いられます。

畑つくり

 先日つくば市で土壌の放射線測定をしてきたので、今日は畑つくりをしました。畑の表土を2~3センチぐらい剥ぎとって、その下の土を家庭用の耕運機で耕しました。ジョレンで土を剥ぎ取る作業はかなり疲れる作業でした。この畑の地表で測った線量は0.35μSvぐらいだったので、作業後にも測定してみました。作業後は最も低かったところが0.17μSvで、高かったところは0.25μSvです。思ったより低くならなかったのでちょっと残念でしたが、つくば市での測定結果から「このくらいの土壌では農業をしている人が大勢いるが、作物にはあまり移行していないみたいです」と言われたので、それを信じて作物を植え付けることにしました。
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上の写真のように3区画の畑ができました。

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この土地は昨年は畑を作らなかったので、雑草が伸び放題でした。耕運機で耕したら写真のように草の根がたくさん出てきました。これらの太い根はヤブカラシの根ではないかと思います。このあたりにはヤブカラシがたくさん出てくるのです。ヤブカラシはとってもとってもなくなることがありません。今年もこの草には頭を悩まされることでしょう。祖母は昔「ヤブカラシの根は地球の裏側まで生えている」と言っていたくらいです。

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耕した後の放射線測定。最も低かったところの値です。

プロフィール

まり子

Author:まり子
茨城県取手市在住。
所属団体、
 「放射能NO!ネットワーク取手」
 「市民オンブズマンいばらき」
 「放射能からいのちと守る茨城ネット」
 「取手駅西口の住民訴訟をすすめる会」
 「谷中子ども文庫」

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